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1弾 白いものの旅

 

【その1】  (旅にでるきっかけ)

うららかな春の午後。
木漏れ日の中、ふわふわとただよう靄のようなものがあった。
白いその物体の中に、上空からまた別の白いものが混ざる。
真っ白な手紙であった。

「なんだこれ?」

白くふわふわとした物体が喋った。
ふわりとほどけると、いくつかの個体になる。

「これは、はくしゅ、っていうんだぜ〜」
「なんだそれ〜」
「へんなの〜」

口々に言い合う中、少し大柄な一匹が、手紙を読んでいた。

「なぁなぁ、なんてかいてあるんだ?」
「ひとりじめはズルイぞ」
「そうだそうだ〜」
「みんしゅかをようきゅうする〜」

やいのやいの、勝手なことを言っている。
手紙を読み終えた白い生き物(大きいので、仮に大白とでもしておこう)は、溜息をついた。
目も口も見当たらないが、諦めの念が伝わってくる。

「拍手してもらったから、皆でお礼をしろってさ」
「おれい?」
「なにをすればいいんだよ?」
「というか、なんでオレイしないといけないんだ?」
「オレも知らないよ。取りあえず、知ってそうなヤツのところに行くぞ」
「お〜」
「りょうか〜い」
「おっけ〜」

…一人、どこぞの芸能人のような返事をしたが、白い生き物たちは、大白を中心に集まると、ふわふわと飛んでいった。

 

 

【その2】  (狐の棗くんにちょっかいを出し、お姉ちゃんの杏さんに怒られる)

ふわふわ、ふわふわ。
風の向くまま流されていった、大白一行(見た目には白い靄の塊)は、いつしか小さな建物の近くに来ていた。
小屋の脇には、こじんまりとした畑もある。
そこで、黄金色のふさふさとした耳と尾を振りながら、少年が農作業をしていた。

「あ、あれ、なつめだ!」
「お〜、なつめだ」
「え、どれどれ」
「おい、押すなってば」
「なつめ〜」

目的地に向かおうとする大白の抵抗もむなしく、白い塊は少年の頭上に漂っていく。
そして、自分を呼ぶ声に少年が気が付き、顔をあげた瞬間。
その顔面に飛び込んだ。

「うわぁっ」

正面衝突である。
ぶわっと、少年の尾がふくらんだ。

「へへ〜、おどろいたか?」
「なつめはまだまだだな〜」
「そうそう。そんなんじゃまたあんずに…」

白いものたちが口々に話していた(しかも、棗少年の顔の上で)ときだった。

「私がどうかしたの?」

背中に、つうっと汗が流れた。
いや、彼(…便宜上、そう表記する)らには背中はない。
ただ、そのぐらい「マズイ」と思ったのだ。

「あ、あんずか〜」
「きぐうだな〜」
「そ、そうそう!じゃあ、おれたちはもういくから」
「またな〜」

そそくさと元のように丸まると、無風にも関わらず、かなりの速さで遠ざかって行った。
一人残された大白はまた、溜息を吐きたくなった。

「狐を化かすのは問題だよな〜」
「そう思うなら、他のにもちゃんと言っておいてちょうだい」

厳しい調子で杏が言う。
顔を覆われていた少年は、警戒するように姉の背後に隠れていた。

「…無駄だと思うけどな…まあ、またな〜」

そして仲間たちを追うため、上空に舞い上がる。
勝手気ままな連中だが、自分がいないとそう遠くにはいかないだろう。
基本的にのんびりしているのだ。
見た目通り、何とも掴みどころのない相手に、少女は諦めたように笑うのであった。

 

 

【その3】  (狼さんに会う。一緒にうろうろして何をしていたか忘れる)

ふわふわと空をただよっていく白い生き物たち。
ふと、強い風が吹き、地表近くまで落ちてしまった。

「わ〜」
「ぶつかる〜」
「おい、押すな」
「…む、むねん…」
「がんばれ、まだいけるぞ〜」
「ぎゃ〜」

…非常にやかましい。
頭が痛くなってくるような、大騒ぎである。

「大丈夫か、お前たち」

そんなはた迷惑な生き物たちに、親切にも声をかけたのは、一匹の狼であった。
名前は、狛(はく)。
この山に生息する狼の群れの長である。

「おお、おおかみだ〜」
「ひさしぶり〜」
「おまえ、ちょっとでっかくなったか」
「というか、おやじに似てきたな」

大白が言った一言に、大ブーイングが起こった。

「なにいってるんだよ〜」
「そうだそうだ」
「ぜんぜん、にてないぞ〜」
「おやじのほうは、よぼよぼだったぞ」

遠慮のない言葉に、しかし、狛は怒らなかった。
器用に片方の眉を上げ、あきれた様子を見せるだけである。

「ごめんな、あいつら馬鹿なんだよ」
「いや、賑やかでいいと思う。…俺の仲間たちは寡黙だからな」
「…ほんと、ごめんよ…」

二人(二匹?)が話している横で、まだ他のものは益もないことを話している。

「それで、どこかに行くのではないのか」
「あ、そうだった」

リーダーである大白も、種族としては他のものと同じなのだ。
ゆえに、どこかのんびりとしていた。

「お〜い、皆、行くぞ〜」
「お〜」
「りょうか〜い」
「どこいくんだ」
「しらな〜い」

…本当に、暢気な生き物である。
いつになれば目的地に着くのだろうか。
目を細めて見送った狛は、仲間の元へ戻るのであった。

 

 

【その4】  (ぬらりひょんが現れた。戦いますか?)

ふわふわ、ふわふわ。
暖かい春の陽気に、ついつい、大白はうとうとしていた。
他のものはすでに夢の中である。

「う〜、もうくえない…」
「や、やめてくれ〜…」
「お、おれはむじつだ〜…」

…何の夢を見ているのか。
最早、わけがわからない。
そんな白い塊は、風の吹くまま、流されそうになっていた。
それを、手招く仕草で手元に呼び寄せた人物がいた。
昼間の明るい日差しの中、逆光でもないのに、その顔は影になり見ることができない。

「おい、お前たち。そのままでは山の外に出てしまうよ」

その言葉に、大白は、何とか意識を浮上させた。

「ん〜…あ、縁(えにし)!!」

彼こそ、大白の捜していた男であった。
ポンっと塊から抜け出すと、声をかける。
大白の動きに、他の白いものも、目を覚ました。

「な、なんだ、たいふうか?!」
「ぬおぅ!!」
「もきゃ〜」

…寝ぼけて奇声を発しているが、特に意味は無いので、割愛する。
大白は、自分の知る限りで一番、長生きで物知りのぬらりひょんに質問した。

「なあ、縁。拍手のお礼をしろって言われたんだけど…」
「ほう、拍手かい」

嬉しそうな声である。

「拍手って、嬉しいものなのか?」
「そりゃあそうだ。褒められることだからね」
「ふ〜ん…」
「しかし、お礼か…それは、管理人に任せようか」
「?かんりにん??」
「ああ、こっちの話だよ。それよりお前たち、美味しい筍ができたんだよ。食べるかい」

「たけのこだって!」
「お〜、たべる、たべる!!」
「ごちになりますっ」

奇声を発していても、食べ物の話には目が無いらしい。
こうして、「拍手お礼」を求める、白い生き物の旅は終わったのであった。

 

 

終わり


(2013年6月8日)






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