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1 少年の日記

 

  510日 

今日は「咲楽庵」の水羊羹と団子を食べた。どちらも素朴ながらかなり美味しかった。

追記:玄関前に変な生き物がいた。邪魔だったので持っていた物を投げた。
   管理人さんに怒られるといけないので、水の入ったペットボトルを並べておく。
   これでもう来ないといいが。

 

黒い学生服を来た少年が歩いている。
彼の名前は高原司(たかはらつかさ)。ごく普通の高校二年生である。
その日、司はとても気分が良かった。
いつもの弁当屋の隣にできた店が、和菓子屋だったからである。
…いや、彼以外は「和食屋」だと思うだろうし、店先には「お食事処」と書かれた幟も立っている。
しかし、和・洋問わず、菓子を何よりも重んじる少年にとって、あんみつ等の甘味も扱うその店は、「和菓子屋」に分類されるのであった。
店内で食べた水羊羹は見た目も良く、手作りらしい素朴な味がとても良かった。
迷った末に持ち帰ることにした団子は、どんな味がするのだろうか。

普段、猫背気味にだらだらと歩く少年が、スキップせんばかりにウキウキとしている様は、少し…いや、かなり奇妙である。
そして、どれほどはしゃいでいても、片手に持つ団子は揺らさないのが、少年の菓子に対する並々ならない思いを表していた。

マンションの階段を軽やかに登り、自分の階に着く。
家まではもう少し。
角を曲がったとき、黒い物体が地面に転がっているのが見えた。
赤い毛が生えているようである。
特に何も考えず部屋に入ろうとした司であったが、玄関を塞ぐその物体をどける必要があることに気がついた。
そこで初めて、99%団子に向けていた意識を一部、黒い物に向けたのである。

どうやら、少女のようであった。
長袖の黒いワンピースから、白く細い手足が覗いている。
染めたとは思えない鮮やかな赤毛の間に見える顔は、衰弱しているのか青白かった。
眼を閉じ、全く動く気配のない少女に対し、少年は躊躇うことなく、片手に持っていた荷物を投げつけた。

「いたっ!?」

クリーンヒット。鈍い音がした。
もちろん、大切な菓子が入った袋ではない。
夕食用の弁当と飲み物が入った袋であった。

「あ、あの…」

衝撃で目を覚ました少女が司に声をかけたが、その脇を抜けると、家に入る。
少年の頭の中はすでに、団子のことでいっぱいだった。

 


(2013年5月5日)

 




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