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  10 少女が故郷の友人にあてた手紙

 

  親愛なるメルへ

お元気ですか?
この前はいろいろ送ってくれてありがとう。
お菓子は上手に作ることができて、司くんも喜んでくれました。
また送ってもらえますか。

追伸:恋しちゃったかも。
                                                           セイルーン 

「おーい、メル。手紙きたぞー。セイルーンから」
「メルはやめろって…」
「はいはい。ここに置いておくぞ」

持ってきた男は、机に置くと、部屋を出て行った。
部屋の主であるメルは、男が立ち去ったあと、そっと手紙を手に取った。
幼馴染の少女がここを離れて、もう一ヶ月になる。
何度も電話や手紙でやり取りしているが、相手からこうして連絡が来るのは、いつも嬉しかった。
連絡を待っているだなんて恥ずかしいので、そっけない素振りをしているが、周囲にはばれているのだが、本人は隠せていると思っていた。

なめらかだが少し癖のある文字に、思わず顔が綻ぶ。
はやる気持ちを抑え、丁寧に封を切った。
中身はシンプルな便箋一枚だけだったが、それも自分が彼女に餞別として渡したものである。
むしろ、使ってくれるのが嬉しかった。
しかし、手紙を読みすすめるメルの表情が徐々に強張っていく。
自分の見たものが信じられないのか、その視線が何度も文面をなぞった。
しかし、現実は非常である。
やがて、力の抜けた手から、ひらひらと便箋が離れ、地に落ちた。

「なー、メル。セイから手紙きたんだろ?」

先ほどとは別の男がやってきて、声をかける。
メルやセイルーンとよく似た年ごろの男であった。
いつもなら嫌がるあだ名にも返事をしないメルを訝りつつ、男は落ちている手紙を手に取った。

「あ、これか?何々…え?!あいつ、好きな男できたのか!?」

男の大声に我に返ったのか、メルが無言で手紙を奪い返した。

「…メル。あんまり気を落とすなよ。な?」
「メルって言うな」
「…」

いつもの文句も、かなり力が抜けている。

「あと、この話は誰にもするな。いいな」
「…わかったよ」
「じゃあ出て行け」
「はいはい」

メルを気にかけながらも、男は部屋を後にした。
それを見ることなく、俯いているメル。
その横顔には、暗い影がうかんでいた。

 


(2013年6月3日)

 




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