目次に戻る

 

  2 故郷の親友にあてた手紙

 

親愛なるメルへ

お元気ですか?私は何とかやっています。
マンションの隣人がいい人で、お腹が空いて動けなかった時に、お弁当とお茶をくれました。
なかなかお礼をさせてくれないので、今日もこれから行ってきます。
皆にもよろしく伝えてください。

セイルーン 

 


その日、彼女はとてもお腹が空いていた。
遠い故郷から、ここ日本に来てまだ一週間。
知人の伝手で働き口は見つかったものの、食料を手に入れる方法さえ分からなかった。
少しどころではなく世間知らずな少女の名前はセイルーン。
本来は、赤毛の美少女なのだが、空腹のあまり髪の艶はなくなり、肌は荒れ、ゾンビのようになっていた。

とうとう、引越しのときに持ち込んだ部屋にある食料が尽きた。
このままでは餓死するかもしれない。
最後の力を振り絞ったが、一週間、ほぼ飲まず食わずである。
いくら彼女の種族が肉体的に強靭だといえ、部屋を出たところで倒れ、そのまま動けなくなった。

しかし幸い、ここはマンションの廊下である。
住人が通りかかれば、きっと助けてくれるだろう。
少女がそこまで考えることができたのかは謎だが、しばらくして、おいしそうな匂いが階段を登ってきた。
人の足音もする。
セイルーンは、救いの神の降臨に、無い力で這いずる。
乙女にあるまじき行動だが、もはや理性的な判断ができていなかった。

軽やかな足音が近づいてくる。
もし上の階や下の階の住人ならば、気がついてもらえないかもしれない。
だが、帰ってきたのは、隣室の少年であった。
ほとんど目も開かないが、この一週間で何度も感じた匂いでわかる。
甘い、お菓子のような匂いの少年である。
まだ引越しの挨拶はできてないが、きっと助けてくれるだろう。

少年は彼女すぐ傍で足を止めた。
一瞬の間の後、何かが頭に当たった。

「いたっ!?」

いい音がした。かなり堅くて重い物が、勢いのある状態でぶつかったのだから、当然だろう。
起こすにしても、もっと優しく起こして欲しかった。
そう思いながらも、何とか体を起こし、少年に声をかける。

「あ、あの…」

しかし、声をかけたセイルーンを無視して、彼は部屋に入っていった。
彼女の手には、少し過激な方法で渡された袋がある。
中身は、お弁当とお茶であった。

目の前の扉を見る。
優しい匂いの隣人は、思ったとおり、優しい人だった。
少女は胸に弁当を抱きしめるのであった。

 


(2013年5月5日)

 




                  1 日記               2,5 映像               3 ノート

                                      

                                      目次に戻る



inserted by FC2 system