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  3 少女の秘密ノート

 

  5月17日

今日もあの女が司さんの傍にいた。隣の部屋だと言ってたが、二週間前に越してきたばかりらしい。
町を案内する名目で司さんと引き離し、迷惑だがら近づくなと言ったが、泣きながら拒否された。
親切な人だからお礼がしたいらしい。
司さんが親切なのは私の方が知っている。でも、司さんの情報なので聞いておいた。
流石は司さん。あんなあやしい女にも親切だなんて…もっと好きになった。

 

彼女はここ一週間、イライラしていた。
大好きな少年の周囲に、変な女が現れるようになったからである。
派手な赤毛で、古臭いワンピースを着ている女は、少年の迷惑も考えず、まとわりついている。
仲良くなったマンションの管理人さんに聞くと、どうやら少年の新しい隣人らしい。
自分も彼の隣人になりたかった。
それ以上に、ただ隣人だというだけで、少年の近くをウロウロするのが許せなかった。

少女は一生懸命に考えた。
進学校である女子高でも毎回、成績優秀者として上位を争う少女は、頭脳には自信があった。
そして、ある作戦を思いついたのである。

「ねえ、あなた。最近引っ越してきたばかりなのよね」

今日も今日とて司にまとわりついている女に、笑顔で話しかける。
こんな女に笑うのは嫌だったが、今は仕方ない。作戦のためである。

「う、うん。そうだけど…」
「じゃあ、これから町を案内してあげる!行こ!!」

戸惑っている女の手を引くと、やや強引に連れて行こうとする。
しかし、少女の力では、女の意思を無視して動かすことはできなかった。
セイルーンと名乗った女は、困惑しているようだが、少女に従って歩き出す。
ほっと、溜息をついた。
これで、第一段階はクリア。次は第二段階である。

「向こうに、スーパーがあるの。知ってる?」
「すーぱー…?」
「行ったことないの?品揃えも良くて、とっても便利なのよ」
「そうなんだ」
「だからね、私が町を案内するから、司さんにはもう、近寄らないでもらえるかな?」
「え…」

あまり、気持ちを出しすぎないように気をつける。
穏やかに、なるべく穏便にすませたかった。

「司さん、あなたを迷惑だと思ってるの。だから…」
「でも、私、お礼しないと」

拒否しようとするセイルーンに、少女の短い我慢は終わった。

「邪魔なのよ!もう司さんの傍に来ないでって言ってるの!」
「え?ええ?!」
「私は司さんが好きなの、部屋だって越して欲しいぐらいよ!」
「そ、そんな…そんなこと言われても…」

そんな会話がしばらく続き、女はとうとう、泣き始めた。
いつまでたっても平行線な会話に、少女も方向を変える。

「どうしてそんなに司さんの傍にいたいのよ?」
「お礼がしたくて…」

どうやら、彼女も司に助けられたらしい。
司が親切なのは知っている。そこを好きになったのだから。
でも、お礼と称して彼に纏わりつくのは気に食わなかった。

「とりあえず、もう少し間合いを取りなさいよ、隣に住んでるからって馴れ馴れしくしないで!」
「でもいい匂いがして…」

…とりあえず、一発、殴っておいた。自分の力では痛くないだろうが。

 


(2013年5月5日)

 




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