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  7 少女の通話記録

 

5月24日 20時54分〜21時47分   通話先 携帯電話

5月25日  6時14分〜 6時20分   通話先 携帯電話

 

セイルーンは悩んでいた。
何度も部屋に押しかけ、お礼をしたいと主張したのだが、隣人はそれを拒否するのである。
…いや、正確には聞いてもらえてすらいない。
部屋の扉を開けることはないし、外であっても大概、無視に近い状態である。
しかし、彼女は諦めなかった。
新しくできた友人(向こうは決して認めないだろうが)のアンネは、お菓子をよくプレゼントしている。
自分も真似して買ってきたものを渡そうとしたが、何故かいつも、断られてしまった。
新製品や、味の違うものを買ってきてもダメである。
毎回、チラっと見て返される。それが20回。
さすがの彼女も愚痴が言いたくなってきた。
そして、聞いてくれる相手はいつも幼馴染だった。

「…お前、何を渡そうとしたんだよ」
「え、普通のお菓子だよ?」
「具体的には」
「○ゃがりことか…カー○とか。あ、あと今日は○枝にしたんだけど…」
「…相手はシュークリームとかマドレーヌなんだろ」
「う、うん…?」
「…」

電話の向こうから、深い溜息が聞こえた。
どうやら自分はまた何か、間違いをしているらしい。
だが、いつものことである。気にすることなく話を続けた。

「それでね、今日はアンネちゃん、手作りのクッキーを持ってきてたの。すごく美味しかったよ」
「…食べたのか」
「うん」

隣でぐーぐーと腹の音を鳴らされ、仕方なく渡したというのが真相なのだが、セイはそんなこと気が付くはずもない。

「…そうか」
「それでね、そのクッキーが…」

久々の電話に話は尽きず、あやうく仕事に遅れるところだった。
あわてて出勤したセイが遅刻の理由を話すと、お店のママが「貴方も手作りのお菓子を渡せば?」とアドバイスしてくれた。
流石は大人の女性である。
いや、元男の経験談かもしれない。

そこで帰宅後すぐに幼馴染にまた電話し、寝ぼけ声に気遣うことなく、材料の調達を頼むのであった。
…彼女の幼馴染というのは、苦労が多そうである。

 


(2013年5月17日)

 






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