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  9 ある日の夕食

 

 ひじきと大豆の混ぜご飯
 アサリの味噌汁
 豚の生姜焼き
 筍と根菜の煮物

 

部屋に響いたインターホンの音に、セイルーンは、はっと我に返った。
目の前が白く濁っている。それに空気が焦げ臭かった。

「え?あ〜!!」

フライパンの中には、無残な姿に変貌した食材が入っている。
火事にならなかったのは、不幸中の幸いであろう。

「あ〜あ…」

とりあえずつけたままだった火を止め、換気扇を強さを変える。
そのとき、もう一度インターホンが鳴った。

「はーい…」

沈んだ気持ちのまま玄関に向かう。
司にお菓子を持っていってから、ずっと調子が悪かった。
お腹は空いているけれど、それ以上に力が出なかった。

「どなたですか…って、司くん?!」

扉の外に立っていたのは、司だった。
手には、一枚の皿を持っている。

「お皿」
「あ…忘れてたんだ…あ、ありがとう」
「おいしかった」
「そ、そっか…良かった」

今まで平気で話していたのに、何故かそわそわドキドキしてうまく対応できない。

「レシピ教えてくれない」
「へ?」
「さっきやつのレシピ」
「あ…う、うん!いいよ!!あのね…」

しどろもどろになりながら説明する。
幼い頃から何度も作ったお菓子である。
目を瞑っていても作れるほど慣れたレシピのはずなのに、司が目の前にいると思うと、口が回らなくなる。

「これはどのタイミングなの」
「あ、えっと、それはね…」

目が合うと、頬に血がのぼる。

「こ、こっちの材料を混ぜた後だよ!!」
「ん、わかった」

ふと、司が眉を寄せた。

「この匂い…」
「におい?」

はっとした。
焦がしてしまった今日の夕飯(の予定だったもの)の匂いである。

「ちょ、ちょっと焦がしちゃって…」
「これから作るの?」
「う、うん…そのつもりだけど…」
「手伝う」
「へ?」

そう言うと司は、理解できていないセイルーンの横を通り、台所へ入って行く。

「あ、あの…」
「これ使うよ」
「あ、うん。いいよ」

もしかして、司の手料理が食べられるのだろうか。
空腹だったはずが、胸がいっぱいで、何も喉を通りそうになかった。

 


(2013年5月29日)

 





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