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第1話 事の起こり

 

その日、司の家をいつものようにアンネが尋ねると、いつものようにセイルーンがいた。
隣に自分の部屋があるのだから、そこにいればいいのだが、司に付きまとっているのである。
以前、近づかないように言ったが、あまり変化はなかった。
むしろ最近は、自分の真似をしてお菓子を作ってはプレゼントしている。
しかも、自分よりも上手い。
正直、腹立たしいことこの上ないが、何度言っても涙目で「でも…」と言うばかりなので、最近では諦め気味であった。

「あなた、また居るの?」
「うん。アンネちゃん、いらっしゃい」
「あなたの家じゃないでしょ」

一応、嫌味を言うが、暖簾に腕通し、糠に釘。
のほほんと笑顔で流されてしまうのであった。

「ね、司さん。今日はマドレーヌを焼いたんです。良かったら…」
「ん」

アンネが差し出したのは、可愛らしい花柄の袋に入った4個の物体であった。
リボンが曲がり、袋も何故か皺だらけ。
それ以上に、中のマドレーヌだという物体は、限りなく黒に近い色をしていた。
しかし司は躊躇なく口に入れ、租借する。

「…コーヒー?」
「はい、隠し味に入れてみました」
「もう少し少ないほうがいい。あと、砂糖の変わりに蜂蜜を入れるといい」
「わかりました!」

自分はあまり料理が上手くないが、それでも司は食べて、アドバイスをくれる。
普段、口数の少ない彼と会話するこのひと時が、アンネの一番幸せな時間だった。

ぐぅ〜。

ふと、大きな音がなった。
こういう場面で何度も聞いた音である。

「…あなたね…」
「ご、ごめんね、アンネちゃん。美味しそうだから、つい…」
「いいわよ、一つあげるから」
「ありがとう!!じゃあ私、お茶を淹れるね」
「どうぞ」

食べ終わった司に許可をもらい、玄関先で話していた3人は中に入った。
リビングのテーブルには司が作ったのだろうか、小さな籠の中に、クッキーやマカロンが入っている。
司が出してくれたお皿に、マドレーヌを載せる。
茶器を持って、セイルーンも戻って来た。さわやかな匂いが部屋に漂う。

「今日はね、幼馴染が送ってくれた、私の故郷のお茶だよ」
「…いい匂いだな」
「でしょ?きっとマドレーヌにも合うよ!」

3人でしばしお菓子とお茶を味わう。
アンネは一人、ドキドキしていた。
実は今日のお菓子は、ある本を参考にしている。
タイトルは「恋のおまじない 中級〜上級」。
お菓子を作るときにあることをすると、彼と新しい扉が開けるというものであった。
横目で司の様子を見る。しかし、何も変わった様子はなかった。

「これ、おいしいよ。アンネちゃん」
「…ありがと。このお茶も悪くないわよ」
「うん!」

いくら嫌いな相手とはいえ、褒められれば悪い気はしない。
そうやって、のんびりとお茶会をしていたとき、急に電気が消え、真っ暗になった。

「停電かな?」
「で、でも何で真っ暗なのよ!昼間なのに!!」

落ち着いているというか、のんびりしているセイルーンに対し、アンネの声は焦っていた。

「アンネちゃん、暗いの苦手なの?」
「違うわよ、バカ!!」

普段、言うことのない暴言まで飛び出した。
相当、混乱しているのかもしれない。
ふと、空気が動いた。

「あれ、司くん?」
「え、司さん、どうしたんですか?」

離れた場所から、白く光が差し込んだ。
どうやら、司が部屋の扉を開けたらしい。
外は明るいようであった。

「ほら、アンネちゃん。もう大丈夫だよ」
「え、でも…」

手を引かれ、歩きながらもアンネは疑問を持っていた。
この部屋にも窓がある。
それなのに何故、外の光が入ってこなかったのか。
考えがまとまる前に、部屋の外へと出た。
…そこは、山の中だった。

「え…うそ…」
「ここ、どこだろう?」

こうして、3人の異邦人が、この地へやってきたのであった。

 


(2013年5月21日)

 




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