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第2話 白いものとの遭遇

 

セイルーンはのんびりとしていた。
何故か司の部屋から山(と思しき場所)に来てしまったが、特に危機感はなかった。
ここは遠い故郷に似て、人の気配がない。
彼女にとっては、慣れ親しんだ森の空気と似ていた。
それでも、一人ならば多少は不安になっただろう。
しかし今、友達であるアンネや、司も一緒である。
珍しい体験に、むしろ少し、ワクワクしていた。

ふいに、アンネがセイルーンの服の裾を握った。
その表情は強張っており、セイルーンと正反対である。

「どうしたの、アンネちゃん」
「い、今、何かいた!」
「鳥とか?」
「違うわよ!何か変なの!!」
「へんなの…って、どんな…」

彼女たちが話していた時、司は周りを見ていた。
見覚えのない景色である。
しかし彼もあまり不安に思ってなかった。
その理由はセイルーンとは逆に、興味がないからである。
ただ、机の上に置いていたお菓子がどうなったのか、気になっていた。
開けたはずの扉は見当たらない。
手元にあるのは、アンネがお菓子を包んでいた小さな透明の袋だけである。
ふと、視界の隅を何かが横切った。
とっさに持っている袋で捕まえる。

「…」

中には、白いふわふわとした物体が入っていた。
蒲公英の綿毛のようなものだが、ピンポン球ほどの大きさがある。

「司くん、何を捕まえたの?」
「綿毛…ですか?」
「…違うと思う。動いたし」
「動いた?!」
「じゃあ、生き物なのかな?」

少年の捕まえた(?)ものを、二人の少女も見る。
一人は興味津々、もう一人はおっかなびっくり、といった風情である。
前者であるアンネは、怖がる様子も無く袋ごしに中に閉じ込められている物体をつついていた。

「ふわふわしてるね〜」
「ちょっと、触っても大丈夫なの?」
「直接じゃないから平気だよ〜」

しかし、直接ではないとはいえ、得体の知れないものである。
度胸が据わっているというか、考えなしというか、まあ、つまりそういうことであった。

「あれ、何だか元気なくなってきたみたい」
「え?」
「綿毛がくんにゃりしてきて…」

アンネが恐る恐る、袋に手を伸ばしたときである。
白い影が三人の間をすり抜け、袋を弾き飛ばした。

「わっ!」
「な、何?!」

手元に意識が集中していた二人は事態を把握できていなかったが、ぼんやりと周囲を眺めていた司はわかっていた。

「おまえたち、酷いことするなよ」
「そうだそうだ〜」
「われわれは、いきているんだ!」
「はぁ〜、しぬかとおもった…」
「というか、おれたちべつにいきしなくてもへいきじゃないっけ」
「まぁまぁ、それはそれ、これはこれで」

白い影は、袋に捕まえたものとよく似ていた。
しかし、バスケットボール程の大きさだったそれは、小さく分裂し、それぞれに話しはじめた。
楽しそうにしていたセイルーンも、これには驚いた。
アンネはほとんど泣きかけていた。

「つ、司さ〜ん…」
「…ん」

声をかけられた司は、落としてしまった袋を拾うと、アンネに渡した。

「え…えっと…ありがとうございます…?」
「ん〜、何か違うような…」
「おい、むしするなよ〜」
「あやまれ、あやまれ〜」
「そうだ、あやまれよ」

司の行動の意図はわからないが、結果として、アンネは平静を取り戻した。
セイルーンは謎の生き物にもう慣れたようで、声をかけている。

「ねえねえ、みんなはどこに住んでるの?」
「おれたちはこの山の中をうろうろしてるぞ」
「そ〜そ〜。めったにあえないんだぞ」
「にんげんはやまにはいれないしな〜」
「え、入れないの?!じゃあ、どうやって帰れば…」
「そうだよ、お前らどうやって来たんだ?」

問われた彼女は言葉に詰まった。
自分でもよくわからないからである。

「どうやって…」
「う〜ん…」

アンネも一緒になって考えていると、司がふいに白いものを摘んだ。

「わっ、何するんだよ!!」
「…」

先ほどから気になっていたようで、まじまじと見ている。
他と比べて一際大きなその個体は、身を捩り、司の手から逃れた。

「まったく、らんぼうだな」
「…綿菓子」

…お菓子のことしか頭にない司には、白くふわふわしたそれが、綿菓子に見えたのかもしれない。
しかし、手に取ってみても食べれそうになかったからか、その声は少し、沈んでいた。
こうして異邦人は、この世界の生き物と遭遇したのである。

 


(2013年5月24日)

 





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