第4話 狐の姉弟
山の中を二人の少女が歩いている。
楽しそうな声が聞こえるが、若い女の声だとしても高すぎる。
それもそのはず。
喋っているのは二人の周りをふわふわと漂う、白い生き物であった。
少女たちはもっぱら聞き役である。
その少し後ろを、少年が面倒くさそうな足取りでついて行く。
「でな、なつめはこわがりなんだよ」
「じぶんのほうがおどかさなきゃいけないのにな〜」
「すぐにびっくりしてかたまるんだよ」
「あんずとはおおちがい」
「みためもぜんぜんにてないしな」
「にてるのは、みみとしっぽぐらいだよな」
「耳としっぽ?」
思わずアンネが聞き返す。
「そうそう。きつねだから」
「この山には狐もいるんだね」
感心したセイルーンが言う。
彼女の故郷は森の奥だったため、自分たち以外の動物は少なかったのである。
「おおかみもいるぞ〜」
「へぇ、すごいね」
この発言に、アンネが驚いて問い返した。
「狼ってまさか、ニホンオオカミ?!生きてるの?」
「生きてるけど、ニホンかどうかは知らないな」
「おやじはしんだけど、はくはげんきそうだったぞ」
「そうそう、おさだもんな〜」
さらりと流されたが、本当にニホンオオカミの生き残りがいるとしたら大発見である。
しかし、この生き物が日本語を話すからといって、ここが日本だという証拠はない。
それに、ここがどこであっても、司が自分の部屋に戻りたがっているなら、それを叶える為に自分にできる精一杯のことをするだけだ。
アンネはそう考えていた。
「あ、なつめみっけ」
「ほんとだ」
「お〜い、なつめ〜」
遠く、木の間に少年らしき人影が見える。
白い生き物たちはいっせいにそちらへ向かっていった。
「うわぁっ」
ほどなく、男の子の声がした。
セイルーンとアンネもそちらへ急ぐ。
顔を白い生き物に覆われた少年が、尻餅をついていた。
古めかしい着物を着ているのも気になるが、助けることが先だろう。
「きみ、大丈夫?」
セイルーンが声をかけ、白いものを軽く払いのける。
アンネもその横でそっと手伝う。
「わ〜」
「うひゃ〜」
「あ〜れ〜。とばされる〜」
楽しそうな声と共に、白い生き物たちは宙を舞う。
ようやく顕になった少年の姿に、二人は驚いた。
「その耳…」
「狐…?しっぽも似てるけど…」
二人の反応に、少年は慌てて左手を頭の上に、右手で尾を隠そうとした。
しかし、小さな手ではふさふさとした耳としっぽを隠すことはできない。
泣きそうな顔でこちらを見てる少年の姿に、アンネは何だか弱いもの苛めをしているような気分になってきた。
膝を折り、少年の目線に合わせる。
「驚かせてごめんなさい。少し、聞きたいことがあるんだけど…」
「棗、どうしたの」
そのタイミングで現れたのは、着物の女であった。
切れ長の目が美しい女である。
それまで楽しそうに騒いでいた白いものたちが急に静かになり、セイルーンの後ろに隠れた。
「お姉ちゃん!」
少年も、女の後ろに隠れた。
ということは、少年の名前が棗で、女は彼の姉なのだろう。
素朴な顔立ちの少年は、華やかな姉とは似ても似つかなかった。
「…どちら様ですか?」
険しい顔つきで女が問う。
この世界の第一住人に会うことができたが、相手はこちらに敵意を向けている。
怯えて隠れている白いものたちは、頼りになりそうにない。
旅は苦難の連続であった。
(2013年5月31日)