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  5話 コミュニケーション

 

警戒されているのを感じ、アンネの顔もこわばる。
しかし、やっと(?)見つけた現地人である。
なんとか話をしてもらえないか、緊張しながら声をかけた。

「あ、あの、私達怪しいものじゃないんです」
「怪しい人も、そう言うよね」
「あんたは黙ってて!」

のんびり突っ込みを入れるセイルーンに、思わず言葉が荒くなる。
そんなアンネに対して、少年の姉だという女は険しい表情を変えなかった。

「私達、気がついたらここにいて、困ってるんです。…あの、ここはどこだかわかりますか」
「…この山は聖域よ。人間の立ち入りは禁止されているはず。早々に立ち去りなさい」

質問には答えてくれたが、助けてくれそうにない。
司のためにも、何とか説得して助けを求めなければいけなかった。

「聞こえなかったの。早く出て行きなさい」

しかし、女は取り付く島もない。
アンネは途方にくれ、何気なく周囲を見た。
すると、姉の後ろからこちらの様子を伺っている棗少年と目があった。

「!!」

棗は驚いて姉の後ろに隠れたが、また、顔を出し、こちらを見ている。
藁にもすがる思いで、アンネはアイ・コンタクトを送った。
目が合った少年は再び、姉の背後に隠れる。
どうやら、怯えさせてしまったようだった。

「ぐ〜」

そのとき、暢気な音が響いた。

「あ…ご、ごめん」

セイルーンのお腹の音である。
こちらの世界にきて、もう2時間ほどたっている。
いつもならば、夕食の支度をしている時間だった。

「もう、お腹の音ぐらい止めなさいよ!緊張感ないんだから!」
「ご、ごめんね。でも、お腹すいちゃって…」
「そんなこと言ったって、今は何ももってないわよ」
「そうだよね…」

再び、物悲しげにお腹がなった。
異邦人を睨んでいた女も、少し、戸惑っている。
そのとき、棗が姉の袖を引いた。

「なに、棗」
「…この人たち、悪い人じゃないよ。僕のこと、助けてくれたもの」

白い生き物に潰されていたときのことだろう。
どうやら人見知り激しい少年の心を、あの行動で掴むことができたようだった。

「それで、お礼がしたいの」
「…」
「お姉ちゃん、いつも助けてもらったらお礼しなさいって言うでしょ」
「…わかったわ」
「本当ですか!?」

黙って様子を見守っていたアンネだが、つい、口をはさんでしまった。

「恩を返さないのは一族の恥。この子を助けてもらった分の、お礼をします」
「ありがとうございます!」
「…あなたたち、よそものでしょ?困っているなら手を貸すわ」

そう言って、女は苦笑した。
美しい笑顔である。

「ね、ね、早く帰ろ!」
「こら、棗。一人で行ったら駄目でしょ!」

パタパタと駆けていく弟を見送った優しい横顔に、セイルーンは故郷の親族を思い出した。
彼女よりいくつか年上のその親戚は、どうも、昔いろいろあったらしい。
あまり人を寄せ付けないが、優しい人だった。

元々、人見知りしない性質のセイルーンは、すっかり棗の姉に心を許していた。

「私、セイルーンって言うの。この子はアンネちゃんで、あっちにいるのは司くん。あなたのお名前は?」
「私は杏(あんず)よ。」
「杏ちゃん、よろしくね」
「いいえ、こちらこそ。えっと…せいるーん、さん?」
「セイでいいよ〜」
「わかったわ。よろしく、セイ」
「うん!」

すっかり打ち解けた様子の二人を少し離れてアンネと司は見ていた。

「これで、まともな手がかりがつかめるかもしれませんね、司さん」
「…うん」
「…もしかして、お腹すきました?」
「…」

彼の場合、無言は肯定であることが大半である。
随分と仲良くなったセイルーンもお腹が空いているのだし、何か食べさせてもらえるだろうか。
自分はいいが、司がお腹を空かせているのは、辛い。
そう思う、一途な恋する乙女であった。

 


(2013年6月10日)

 





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