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  第6話 一宿一飯の恩義

 

もう一人の恋する乙女は、相変わらずのんびりしていた。
お腹は空いているが、耐えられないほどでもないし、杏も棗も、自分たちに協力してくれるという。
聖域だというこの場所も、特に危険は感じられない。
観光気分でゆっくりと歩いていた。
その上空を白い生き物たちがついていく。
杏と遭遇してからというもの、小さく仲間内で何事か話しているようだが、いたって静かである。
先を楽しげに歩いていた棗が、セイルーンたちに振り返った。

「あれが僕たちの家だよ!」

少年の指さす先は、木々が途切れ、畑らしきものが見える。
その奥には、木製の小さな小屋があった。

「わぁ…すごいねぇ」

のどかな光景にセイルーンは感嘆した。
少し遅れてやってきたアンネも、おどろいている。
家は丸太をそのまま使ったのか、かなり不恰好だし、その横には本でしか見たことが無い井戸もある。
現代では見ることのない、原始的な生活をしているようだった。

「日が落ちる前に、夕食の支度をしなきゃいけないの。手伝ってくれる?」
「もちろん!」

料理が好きなセイルーンは即答したが、苦手意識のあるアンネは困ってしまった。

「あ…私はどうしたら…」

すると、その袖が小さく引っ張られた。

「あ、あのね。一緒に薪割りしてほしい…」

うつむき、小さな声で言う棗。
兄弟のいないアンネだったが、弟がいたらこんな感じなのか、と微笑ましい気持ちになった。

「いいよ、じゃあ一緒にやろっか」

微笑んでそう言う。
柔らかいアンネの声に、棗も顔を上げてはにかんだ。
一人、ぼんやりと立っていた司に、杏が声をかける。

「あなたも薪割りをしてもらえますか?力仕事だから」
「…ん、わかった」

分担が決まれば、後は早かった。
杏とセイルーンは家の中で調理を。
司とアンネは、棗の先導で、家の裏手にまわる。
白いものたちは、苦手な杏がいなくなってほっとしたのか、楽しげに司たちについていった。

「これを、半分にするんだよ」
「えっと…もしかしてコレを使って?」
「うん」

棗がその小さな手で持っているのは、大きな斧である。
太陽の光を反射して鈍く輝くその刃物に、初めて見るアンネは戸惑っていた。

「わかった。貸して」

あっさりと司が言って、斧を受け取る。

「おいおい、だいじょうぶか〜」
「まきわりってむずかしいんだぞ」
「そうそう、おれたちはできないし」
「というか、なつめもできないもんな〜」

鬼の居ぬ間に…ということだろう。
勝手なことを言う白い生き物にからかわれた棗は、赤くなって俯いた。

「に、苦手なだけだよ。できるもん」
「え〜、ほんとか?」
「あんずにてつだってもらってるんだろ」
「やっぱなつめはたよりないな〜」
「こら、あなたたち、言い過ぎよ」

思わずアンネが窘めた時だった。
コン、と軽快な音が鳴る。
振り返ると、司が薪を割った音だった。
傍らに転がった薪は、綺麗に中央で割れている。

「すごい…」
「司さん、薪割りしたことあるんですか?」
「ん、少しだけ」

驚く二人に構わず、次を用意する。
少し、という割りに慣れた手つきだった。

「お〜、やるな」
「なかなかのうでまえだな」
「なつめよりじょうずだよな〜」
「よかったな、なつめ」

からかわれているのにも気がつかない程、棗は一生懸命に司の手つきを見ていた。
薪割りが苦手なので、参考にするのだろう。
家の中からは、煙と共に美味しそうな匂いもしてきた。
異界からの訪問者は、狐の姉弟と仲良くなることに成功したのだった。

 


(2013年6月12日)

 






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