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  第7話 異世界と現実と

 

トントン、と、リズミカルな包丁の音が聞こえた。
何か美味しそうな匂いもする。
これは、以前お菓子のお礼として司が作ってくれた、味噌という調味料の匂いだろうか。
もしかしたら、朝ごはんを作ってくれているのかもしれない。

あまり朝が得意ではない自分とは違い、司は早起きだし寝起きもいいようだ。
早朝に帰宅したときにはすでに起きている気配がすることもあった。
昨日はアンネも司の部屋に来て、それから、どうしたのだったか。
もしかしたら、そのまま眠ってしまったのかもしれない。
せっかく司がいるのに、寝ていてはもったいないだろう。
重い瞼をこじ開けて、音のする方を見る。
見慣れた背中が、何か食材を切っていた。
お菓子以外の料理はほとんどしない司である。
ああやって台所に立つ姿を見るのは、とても嬉しかった。

「あ、目が覚めた?おはよう」
「ん〜…おはよう…て、あれ?」

何気なく返事したが、声をかけてきたのは着物の女性である。
見覚えはあるが、誰だっただろうか?

「もしかして、ねぼけてるの?」

笑い混じりに女が言う。
その、優しい笑顔に、やっと頭が動いて思い出した。

「ご、ごめんね!杏ちゃん!!」
「ううん、いいよ。よく寝れたみたいで良かった」
「うん!布団まで貸してくれて、ありがとう」
「どういたしまして。さ、もうすぐ朝ごはんできるよ。今日は司さんが手伝ってくれたの」
「司くん、お料理も上手でしょ?」
「ええ、すっごく助かったわ」

昨夜、夕食をご馳走になり、布団も借りて杏と棗の家に泊まった3人。
義理堅い性格なのか、珍しく司が率先して行動していた。

「お〜い、もどったぞ〜」
「ただいま」
「戻りました」
「お、せいるーんもおきてるぞ〜」
「ねぼうだな」
「ねぼう、ねぼう!」

がやがやと、白い生き物を連れて棗とアンネが帰ってきた。
二人の手には、木の桶がある。
中にはなみなみと、水が入っていた。

「棗、アンネさん、ありがとう」
「いえ。これはどこに置いたらいいですか?」
「こっちだよ!」

問われた杏ではなく、棗が応える。
二人は、持っていた水を大きな甕に移した。

「そろそろご飯にしましょ」
「ん、完成した」
「ありがとうございます」

ガスも水道もなければ、調理道具も違う。
しかし、薪割りだけでなく料理もこなした司は、実はかなりすごい男なのかもしれない。

 

食事をすませた異邦人たちは、元の世界に戻る手がかりがないか、改めて杏に聞いた。
昨夜は、司に懐いた棗が、現代の様子を聞きたがったから、具体的な話ができなかったのである。

「この先に、社があるの。この山を祭っているのだけれど、そこにいけば、もしかしたら手がかりがあるかもしれないわ」
「やしろ?」

日本にまだ詳しくないセイルーンが聞き返した。

「神社のことよ。神主さんが見えるんですか?」
「そうとも言うし、違うとも言えるかしら。…とにかく、行ってみて」
「わかった」

曖昧な助言にも、あっさり頷いた司は、腰を上げた。
慌てて、アンネとセイルーンも後に続く。

「杏ちゃん、棗くん、どうもありがとう」
「お世話になりました」
「ううん、こちらこそありがとう」
「また来てね」

無邪気な棗の言葉に、アンネはどう答えるか悩んでしまった。

「…また、近くに来たら寄る。ありがとう」

代わりに応えた司は、棗の頭を軽く撫でると、すたすたと歩き出す。
後ろを時々振り返りながら、二人も続いた。
杏を気にしてか、おとなしかった白い生き物もついてくる。

「みんな、ついて来てくれるの?」
「やくそくだからな〜」
「お前たちだけじゃ心配だし」
「べ、べつにおまえのためじゃないからな!」
「そっか、ありがとう」

にっこり笑ってセイルーンは前を向いた。
異世界に来たのはびっくりしてるが、司もアンネも一緒だから、とっても楽しい。
「社」というのも気になる。
現実のことも気にならないわけじゃないが、せっかくの機会を楽しもう、改めて思うのであった。

 


(2013年6月17日)

 



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