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  第8話 信仰心

 

狐の姉弟に別れを告げた一行は、のんびりと山の中を歩いていた。
キラキラとした木漏れ日が、風に揺れる。

「このやまにやしろなんてあったんだな〜」
「にんげんはこないのにな」
「にんげんいがいは、いろいろいるけどな」
「あ、でもこのまえ、にんげんきたんじゃないのか?」
「あれはえにしのしりあいだったんだよ」
「ちがうだろ、おっかないくろいやつのしりあいってはなしだぞ」

白い生き物たちが何やら話をしているが、よく聞き取れない上に、知らない名前らしき単語が入っていて理解できない。
とりあえず、彼らはあまり山のことを知らないようなので、あてにはならないな…と思うアンネであった。

「ねえねえ、アンネちゃん」
「何よ」
「やしろ、って神社なんだよね?私、神道じゃないけど、大丈夫かな」
「…大丈夫じゃないの?私も別に神道を信仰してるわけじゃないし」
「そうなの?!」

なぜかセイルーンは激しく驚いた。

「…なんでそんなにビックリするのよ」
「だって、巫女さんの服、すっごく似合いそうなのに!!」
「…」
「あのね、この前お店のお客さんが巫女さんに会ったんだって。それで写真を見せてもらったんだけど、すっごく可愛かったの!!」
「…だから?」
「だから、アンネちゃんにも似合うと思ってたのに!…じゃあ、仏教を信じてるの?」
「…特に何も信じてないわよ」
「そうなの?」

日本人は神道か仏教を信じている。そう思い込んでいたセイルーンは驚いた。
司はどうなのだろうか?
聞いてみたいが、道端で摘んだ植物を眺めて何事か考えている彼に、声をかけることはできなかった。

「じゃあ、あんたは何を信じてるの?」
「え、えっと…」

思わず言葉につまる。
何と説明したものか。
自分たちが故郷で大切にしていたことは、信仰と呼べるかもしれないが、うまく話す自信がなかった。

「ま、別にいいわ。日本の寺社仏閣は、観光地にもなってたりするから、あまり信仰による立ち入り制限はないのよ」
「そうなの?」
「私もたまに行くことあるしね」
「へぇ…」
「夏にはお祭もあったりするのよ」

そう、もう夏になる。
少しずつ仲良くなってきたし、できれば司と一緒に外出がしたい。
デートとまでは、いかなくてもいい。
ただ、二人でどこかへ行ってみたかった。
…無理なら、セイルーンも入れて3人で出掛けるのもいいかもしれない。

「夏かぁ。やっぱり暑いよね」
「そうね。30度超えることもあるわよ」
「うわぁ…私、大丈夫かな」
「…夜はそこまで暑くないから、平気でしょ」
「だといいけど…」

そうして話している間に、地面が変わった。
これまで、簡単に踏み固められた土の道だったのが、灰色の石畳になったのである。
かなり年季を感じさせる苔むした佇まいであった。

「こんなとこあったんだな〜」
「お、あれ、かいだんだな」
「のぼるのめんどくさいな〜」
「浮かんでるから関係ないんじゃ…」
「そっか〜」
「おまえ、あたまいいな!」

ぼそりと呟いたアンネを適当に褒め、白い生き物たちがふわふわと上がっていく。
その後ろを静かな足取りで司がついて行く。

大きな鳥居を潜ると、社を見たことが無いセイルーンも、どこか神妙な気持ちになった。
しばし無言で階段を登る。

この石段は何段あるのだろうか。
そんなことを考えながら登りきった先には、広い空間が広がっていた。
いくつか建物が廊下で結ばれている。
日本の住宅事情から考えると、かなり大きな建物だった。

「すごいねぇ」
「普通よ。…誰もいないわね」

荒れた様子はないものの、辺りに人の気配はない。
周囲を見渡すアンネをよそに、司は手を洗っていた。

「ねえねえ、司くん。それは?」
「…手水(ちょうず)。ん」

渡された柄杓で見よう見真似でやってみる。
ひんやりとした水に、心が引き締まった。

「のんびりしてないで、行くわよ!」

少し離れた場所から、アンネが声をかけた。

「裏手に道が続いてるの。…獣道だけど」
「じゃあ、行ってみようか」
「…わかった」

きちんと作法を守って手を洗ったわりに、司は参拝することなくあっさりと神社を後にする。
神道に詳しくないセイルーンと、司第一のアンネも続く。

「お参りしていかないんだな」
「お〜い、おれたちもいこうぜ」
「このさきはどうなってるのかな〜」
「そろそろはくがいるんじゃないのか?」
「え〜、それはもっととおくだろ?」

ガヤガヤと白い生き物がその後を追った。
静粛な社なのに、信仰心のある存在はいなかった…

 


(2013年6月29日)

 

 


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