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  2話 再会

 

 

二人の再会は、冬であった。

 

雪の積もった庭で、幼い少女が一人、歩いている。
年は2つか3つか。おぼつかない足取りで、今にも転びそうである。
その切りそろえられた黒髪の間から、紅い目が見えた。
周囲に大人の姿はない。

「う…」

彼女は小さな手を地面に伸ばし、足元の雪を掴もうとしゃがむ。
しかし、まだ平衡感覚が未発達なのだろう。頭から転んでしまった。

「ふぇ…」

くしゃっと顔をゆがめたが、泣き出す前に抱き起こされる。

「だいじょうぶ、だいじょうぶよ、楓」

少女の顔を優しく撫で、体についた雪を払う。
しかし助けたのもまた、まだ十にも満たない幼い少女であった。
桜である。
この寒さで少し体調を崩していたが、侍女の目を盗んで妹と庭の雪を見に来たのである。

楓を身ごもった頃からずっと寝込んでいた母が亡くなってもうすぐ二年になる。
母のいない分も…と、桜は妹の面倒を積極的にみていた。
そして、楓もよく桜になついた。
仲の良い二人を見た人は、微笑ましい気持ちになるのであった。
しかし、無理しがちな桜をよく知っている侍女は、体調が悪いのに本人より先に気が付き、布団に押し込めた。
そして、体調が良くなるまで楓に会わせないと言うのである。
桜が不満を口にしようが、幼い楓が愚図ろうが、一瞬たちとも会わせなかった。
そして、嫌なら体調を治せというのである。
彼女がいれば、こんな無茶はできなかったが、幸いにも城下に出ているようだった。
せっかくの雪景色である。桜は妹に一刻も早く見せてあげたかった。
もしかしたら、気を利かせた侍女が相手をするかもしれない。
しかし、二人で一緒に見たかったのである。
一目で雪を気に入ったのか、楓は、桜と繋いでいた手を解くと、駆け出してしまったのであった。

自分の羽織っていた着物を脱ぎ、楓をそれで包む。
すると、泣きかけていた少女も、にっこり笑った。

「さ、冷えるから部屋にもどりましょう」

桜は妹の手を引いた。
庭で遊んでいた手は、赤くなり、すっかり冷たくなっている。
しかし楓は嫌がり、手を振りほどく。首を振って、その場から動こうとしなかった。

妹の我侭に、困ったように笑った桜であったが、このままでは体調を崩してしまうかもしれない。
自分はともかく、幼い妹が風邪でもひけば大変である。

何とか妹を説得できないか…
下を向き考えていると、ふと、人影が視界に入った。
顔を上げ、桜は驚いた。
そこにいたのは、夏のあの日、突然現れて消えた男であった。
あれからかなり時間がたち、桜と暁の目線は少しだけ近くなっているようだった。

「あ、あの…暁さま、ですよね」

意を決して声をかけるが、暁は金色の目で庭の様子を見ているだけである。
そしておもむろに手を伸ばすと、両手で雪を掴み丸め始めた。

「…何をしているんですか?」
「雪兎を作っている」
「…ゆき…うさぎ…」

それはどんなものなのだろうか。
兎という動物がいるのは聞いたことがあるが、屋敷から出たことのない少女はその姿を見たことがない。

「やる」

暁は雪でできた半球状の物体を渡した。
南天の赤い実と葉がふたつずつついていた。

「わぁ…かわいい」

手の上の白い物がおそらく「ゆきうさぎ」なのだろう。
初めて見るが、一面に広がる雪と同じとは思えなかった。
見知らぬ存在におびえていたのか、少し距離を取っていた楓も、嬉しそうな姉の様子に近づいてくる。

「お前にもやろう」

いつの間にか暁の手には、二つ目の雪兎があった。
一回り小さい雪兎は、それでも楓の両手に余る。
受け取った幼い少女は男を見上げ、にっこり笑った。

「…これで満足したら部屋に戻れ。寒いだろう」

楓の両脇を抱え、抱き上げると部屋へと歩いていく。
驚きで呆然としていた桜も、小走りにその後を追う。

「あ、あの、暁さま」
「何だ」
「その…ありがとうございます」
「いや…かまわない」

簀に楓を下ろすと、桜を振り返った。

「願いは決まったか」
「え…」

男との出会いは心に深く残っていたが、会話の内容まではっきりとは思い出せない。
しかし、何か「ねがい」について話した覚えはある。

「ごめんなさい…決まっていません…」
「そうか」

申し訳ない気持ちでいっぱいになり俯いた桜の頭を、そっと撫でる手がある。
驚いて見上げると、暁と目が合った。

「また聞きに来る。…達者でな」

驚いて瞬きをした間に、また男は消えていた。
しかし、手の中には彼が作った雪兎が残っている。

「ね〜ね?」

袖を引かれ振り向くと、楓であった。
急に消えた男に、不思議そうな顔をしている。
その足元に、先ほどの雪兎が置かれていた。
自分のものを隣に並べると、桜はしゃがみ、楓と目の高さを合わせた。

「楓、いまの方は暁さまというの。とてもいい方でしょう」
「う!」

姉の言葉が分かったわけではないだろう。
しかし、嬉しそうな姉の表情に、自分も嬉しくなる楓であった。

 

いつの間にか雲間から蒼い空が見える。
白い雪が日の光を反射して、きらきらと輝いている。
二匹の雪兎は仲良く並んで、二人の姉妹を見守っていた。

 


(2013年4月25日)

 

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